句集『火の貌』
篠崎央子
句集『火の貌』
ふらんす堂定価:2,500円+税
水族館に人魚のいない日
句集を読むことはたくさんの句群の森から読者それぞれが自分の好みの句をさがしに行く旅のことであろう。
流灯会女は家を二つ負ふ 篠崎央子
昨日は日本画の尾崎淳子氏の個展、そして今日はJPA会員の中野りりあ氏の写真展と芸術の秋漬けであった。二人とも30年来の俳句仲間だが今は俳句に距離をおいてそれぞれの世界で活躍されている。
篠崎央子はサラッと1句1行で言いのけているが、今日の中野氏との話で2家族の両親を20年看てきた話になった。それも今の介護環境の整わない時代での苦労。女性は特に身近に肉体的にもメンタル部分にも介護を背負う立場であり、生活が機械化されたとはいえ日本の高齢化問題は更に増えていくと思われる。
野焼終へ仁王の如き父の顔 篠崎央子
血族の村しづかなり花胡瓜
白蚊帳に森の匂ひの夜の来たる
磁石へと砂鉄飛び付く暑さかな
開墾の民の血を引く鶏頭花
句集『火の貌』は父君の句からはじまる。第1章、血族の村。父母と産土の想い出は誰にも切り離せない絆でもある。
法師蟬恋のまじなひ唱へをり
芋の秋ひげ濃き人を愛しけり
ばい独楽の弾けて恋の始まりぬ
爪染めて鬼灯市に待ち合はす
触るるもの欲しき指先星涼し
都会に出てきて佳き伴侶にめぐりあうまで何年かかったのか、あるいは電流が走っていきなり相思相愛の仲になったのかわからないのだが。俳句仲間であったところがまためでたい!
ハッピーエンドでここで筆を擱いてもいいのだが、篠崎央子の作品の特筆すべきはここからがぼくの好みの俳句なのである。
磯遊び皆ペンギンに見えてきし
ラムネ飲む人魚のゐない水族館
空つぽになるまで秋の蟬鳴けり
きのこみな宙から降つてきたやうな
森に入るやうに本屋へ雪催
エプロンは女の鎧北颪
去年今年心臓といふ泉あり
絵踏せむアダムのあばらより生まれ
山百合の飛び立たむとて前のめり
ごまめみな笑ひ転げて曲がるなり
そして
火の貌のにはとりの鳴く淑気かな
千代紙のちりちり光る遅日かな
寒牡丹鬼となるまで生き抜かむ
1句目は句集タイトルになった句。荒々しく鳴いている鶏の貌と眼と淑気の対比。2句目 chiyogami no chirichirihikaru chijitsukana〈chi音〉の連続の気持ちよさ。3句目の俳句に対する覚悟とも思える想い。句集全体の俳域の広さが篠崎央子の世界を広げてくれてなんともいい。
(しのざき ひさこ)俳句結社「未来図」鍵和田秞子に師事。朝日俳句新人賞奨励賞受賞、未来図新人賞受賞、未来図同人、未来図賞受賞。共著『超新撰21』。「未来図」後継誌「磁石」同人。俳人協会会員。
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