『山河健在』
小島 健
第4句集『山河健在』
発行:角川文化振興財団
定価:2,700円+税
行く年や草の中より水の音 小島 健
□齢を重ねないと読めないかもしれないのだが、読んでしみじみ身に添う俳句がある。掲句がそれだ。一見ただ事のようでもあるが、草の中そのものが人生でそこからは風の音、虫の鳴き声、水音と、今年一年に出合ったさまざまな音や人、出来事がしのばれる。
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ふるさとに叱られに来ぬ雪起し
各々の谺にみどりさしにけり
稲雀弥彦山(やひこ)へ夕日散らしけり
ふるさとの人老いやすし稲の花
稲の穂のふくらみ指が覚えをり
大鍋の鱈汁噴けり日本海
□小島健は新潟生まれ。新潟は上越、中越、下越と大きく分けられる。弥彦山は越後平野のどこからも見られ、決して高くはないが越後平野を見守っている神の山でもある。四句目、ふるさとに時折帰ると浦島太郎状態で記憶の道や家が無くなっていたり、同級生に道で出合っていてもわからない。地元にいると老けて見えると思っていても実は先方もそう思っているのかもしれない。
流木を焚く火の色や鳥帰る
流木に坐せば旅人雁渡る
土砂降りの泥の中なる蟇の恋
月の雁淡海は蒼き詩の器
青蜥蜴石を冷たくしてゐたり
ペリカンの水嚙みこぼす大暑かな
□鳥や、昆虫、魚の句もふんだんに出てくる。一、二句目の流木と雁の配合は雁風呂からの響きかもしれない。秋の末に渡ってくる雁が、海上で羽を休めるための木を海辺に落としておき、春に再びくわえて帰るといわれ、残った木片は死んだ雁のもので、その供養のためにその枝で風呂を焚き諸人、旅人を入浴させたという。雁供養の季語でもある。
西行のこゑの暮れゆく花明り
日の暮れは道細くなる西行忌
止り木に旅を飢ゑをり西行忌
家持の詠みたる珠洲の月に酌む
波郷忌といへば綿虫深大寺
波郷忌や大榾焚いて我ら酌む
□詩歌の先人西行、波郷を偲んで酒を酌み交わすことも忘れず詠んでいる。
この他に小島健といえば酒の句だ。読んでいてつい酒を飲みたくなるほどに旨そうに詠むのである。
家持の詠みたる珠洲の月に酌む
更けてよりそろと吉野の濁り酒
よき風のあをく暮れゆく冷し酒
雨脚は太きがよろし冷し酒
年酒酌む李白も杜甫も来りけり
漁火を借景として冷し酒
新涼や知らぬ赤子を妻あやし
□俳句に明け暮れ、酒に明け暮れる日々を嗜めるように奥方の俳句が時折出てくるのもほっとするひと時だ。
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□巻末に季語索引も付いており、これを編むエネルギーにも俳句へのこだわりを感じる。
(こじま けん)石田波郷門・岸田稚魚、角川春樹に師事。「河」同人。俳人協会常務理事、日本文藝家協会会員、学校法人NHK学園専任講師。
『大正の花形俳人』(ウエップ)をはじめとして俳句入門書など著書多数。俳句時評、連載執筆多数。俳人協会新人賞、角川春樹賞等受賞
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