百鳥同人作品鑑賞/3月号より
「百鳥」同人作品欄の作品鑑賞
3月号〜6月号をお送りいたします。馬場龍吉
冬ごもり詩心羽搏き続けけり 大串 章
身体は寒さで縮こまっているのに、頭は常に詩を想いめぐらしている。詩心はどんな高い山をも俯瞰できる。「羽搏き続けけり」に心の開放感が見える。〈行く年の湖国の闇を見つめけり〉この闇からも詩心が広がって来たことだろう。
棒束子箒熊手や春隣 中山 世一
掃納と来るのかと思っていると「春隣」とちょっと外す技を持って来られた。年末の掃除道具は確かに用が終わったのではなくひたすら春を待つ。春になったらなったで花屑の掃除に忙しい日々になるほんのひと時の憩いだ。
稲荷より美少女現るる雪催ひ 山本三樹夫
童話の世界のような作品。もちろん少女はお狐さまであろう。その少女に会ってみたい気もするが止めておこう。「雪催ひ」が雰囲気作りにぴったり合っている。
行く年の鉄路はどこまでも二本 松内 佳子
鉄路は頭の中では一本と認識されているので、あらためて二本と言われてみるとそうだったと気付かされる。二本というのは安定であり、見えない先までの旅路・人生をも安堵させてくれる。
陽のごとく哀しき月や春落葉 望月 周
言うまでもなくこれは詩だ。「哀しき月や春落葉」までは誰にも言えるかもしれない。だが月に対して対局である「陽」を持ってくることはなかなか想像もできない。
冬怒濤島引つ張つてくるごとし 若林杜紀子
日本海の冬怒濤を目にしたことがあるが、北斎の波以上の頭上を越える冬の怒濤は島をも軽く動かしそうだ。つくづく船の乗組員でなくて良かったと思ったものだ。
日参の鵯千両食べつくす 池田 恭子
一見何ともない素直な俳句なのだが、鵯に例えられた放蕩息子が日参してきてお金をねだるという読みも成立するところが面白い。
どの文字も吾が文字日記果てにけり 池田ブランコ
日記なのだから本人しか書き手がいないわけだが、それを言った俳句は今まで無かったのではなかろうか。ここには諧謔がある。
秋田杉てふ雪の匂ひの曲げわつぱ 伊藤富士男
「雪」の一語で秋田杉の匂いを表していて佳句。杉そのものも香るがそこに雪の香りも混じっているところがいかにも秋田杉らしい。
てのひらの榾の火照りをもちかへる 岡野かんな
もちろん榾火の暖かさを持ち帰るのだが、加えて今まで榾火を囲んでいたメンバーと充実した時間を一緒に持ち帰るということだろう。
息とめて鳰の浮かんでくるを待つ 木下 涼薫
例えばなのだが、映画や演劇を観にいって知らぬ間にそのヒロインになっていることと同じかもしれない。しかし鳰は小さいながら息が長いのか潜った所からとんでもないところに浮かび出る。作者は酸欠にならなかっただろうか。「息とめて」に実感がある。
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